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神戸と大阪の二大都市の中間に位置する、神戸市東灘区。この地域は、明治時代の鉄道の開通とともに大阪商人を始めとする富裕な人々の別荘地や邸宅地としてめざましい発展を遂げました。とりわけ、大正時代から昭和初期にかけては、西洋文化の浸透と相まって「阪神間モダニズム」と呼ばれる新しいライフスタイルを形成。その重厚かつ洗練された生活文化の潮流は、現代まで脈々と受け継がれています。
こうした「阪神間モダニズム」住宅群にあって、当時の人々の羨望となったのが「二楽荘」です。六甲山の標高約200mの中腹にそびえる白亜の殿。壮大で華麗な造りは、公開初日より多くの人々で溢れ入場制限されるほどでした。二楽荘の「二楽」とは、「山を楽しみ、水を楽しむ」、「山水を楽しみ、育英を楽しむ」という意味があったと言われています。今、時を超えて、『ロイヤルアーク甲南町ハウス』は、山と水に癒されるライフスタイルの潮流を継承します。六甲の天王台と評された二楽荘。
富裕な人々が集まる舞台の象徴として。 |
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| 二楽荘 |
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アラビア室内 |
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神戸市東灘区。なかでも摂津本山界隈は、阪神間において後背の山々が海岸に最も近接した場所であることをご存知でしょうか。その証とされるもののひとつが「灘の一つ火」。本山の保久良山の中腹に設けられた石灯は、古代から舟人たちの目印であり、闇夜を照らす、世のため、人のための目印だったのです。その火を灯し続けた地元の人々の組織は、今も「天王講」として存続。『ロイヤルアーク甲南町ハウス』では、住まう方々が癒され、明かりを目印に帰りたくなるような、心暖まる住まいづくりを提案します。 |
| 灘の一つ火 |
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本山の歴史を紐解くと、明治22年以来61年間続いた行政単位「本山村」に辿り着きます。先に述べた「講」の名前で現存する共同事業の組織は、強い協調と奉仕の精神によって、郷土芸能の「だんじり」を代表する歳時記によって受け継がれています。現在の「神戸市立第一小学校」は明治8年に開校されましたが、当時の村人の寄付と村税で設立・維持。JR摂津本山駅は、地元の人々が鉄道省に開設を請願し、建築費と用地を提供して昭和10年に完成しました。さらに、JR線と国道2号の間を区画整理したのも本山村の人々です。
このような、文化・教育・交通といった地域の基盤を自力で作り育てた先人の先見性や努力に敬意を表し、『ロイヤルアーク甲南町ハウス』でも、その中心に佇む集合邸宅に相応しい価値を、語り続けていきたいと考えています。 |
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本山村 |
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